賊
休憩コーナーです。こういうバカみたいなことを考えるのが好きです。まだ、ウサギとの旅行記は続きます。
「アイスファンタジア」の魔力で急に体温とテンションを奪われた我々はフラフラとその隣にあったマリオンクレープに立ち寄る。
ここは一つクレープの優しさに慰められたいし、なによりこんな時でもないとクレープなんて口にする機会がない。
イチゴと生クリームだけの極めてシンプルなクレープを注文する、お値段は400円、奇しくもさっき入った冷蔵室と同じ値段だった。
近くのベンチに腰かけてクレープを食する。
クレープ…
なんて祭日感の溢れる牧歌的な食べ物だろうか、どんな厳しい人間でもクレープを片手に持たせるだけですごく優しい人に見えてくるというものだ。
そして、美味い…。
イチゴと生クリームを超えるタッグがこの世にあるだろうか…。
私は思わず「純白の雪原にパッと咲く赤い鮮烈、クリームとイチゴの奏でるハーモニーはまるでスウィーツ界のゴールドベルグ変奏曲だ」とウサギの奴に熱く語ると、
「さっきの冷蔵室に入りさえしなけりゃ、その変奏曲がもう一つ買えたのにな」と言われた。
まったくその通りだと思ったので、私は何の反論もできなかった。
クレープを平らげた我々は八景島シーパラダイスを後にして、再びシーサイドラインに乗り込んだ。そして、金沢八景駅まで戻ると、駅を降りて例の宝箱が置いてありそうな出島のある神社にふらりと立ち寄った。
瀬戸神社という名前の神社で、御祭神が大山祀神で、治承4年(1180年)に源頼朝が伊豆三島明神を勧請したのが始まりだそうだ。古びた社殿が素敵だ。
さっそく手水を済ませてお祈りをする、神社で私が祈ることは決まっていてそれは「家族の幸せと健康」それだけである。
ウサギの願い事は「宅配ピザが安くなりますように」だったそうだ、それは私も切にそう願う。
蛇混柏(じゃびゃくしん)という延宝8年(1660年)8月に倒木しても今尚腐らず健在だという大木が境内に置かれていた、「じゃびゃくしん」、すごい名前だ。思わず口に出して「じゃびゃくしん」と言ってみる。
それに、なんとなくパワースポットっぽかったので、パワーを吸収したつもりになってみる、落語「だくだく」ではないが、人生、この「つもり」というのが何事も大切なのだ。
パワーもらったつもり、結婚したつもり、ハワイで挙式したつもり…、芝浦のタワーマンション買ったつもり…
まんまとパワーせしめた私とウサギは京急電鉄に飛び乗ると、横浜に戻った。
横浜にあるというスーパー銭湯「万葉倶楽部」に足を運ぼうという魂胆なのである。
中華より夜景より野毛山動物園、トリエンナーレよりも、私の心を高揚させるもの、それはサウナと水風呂と温泉なのである。
つづく
素敵な海育体験を済ませた我々は残す最後のコーナー「ふれあいラグーン」へと向かう。文字通りここでは様々な海の仲間達に触ることができるのだ。
可愛い動物は取り敢えず触っておきたい私にとってはなかなか魅力あふれるコーナー。わきわきと私の右手も期待に震えている。
入場すると丁度アシカのレオ君に触れるコーナーが終わる寸前だった。我々は急いで手を洗うと子供達の中に加わって、そっとレオ君の背中を触れてみる。
「ぬっとり」している。
微妙に温かいものがぬっとりとしている。
手に残ったアシカの感触にじーんと感じ入る、幸せである。
その後、水槽に横たわるツチザメの背中を触ってみたり、日向ぼっこするアザラシを遠目から眺めてみたりしていた。しかし、イルカなどに触るためには受付で予約などが必要なようだったので諦めた、私はそういう手続きが好きではないのだ。
「やってる?」的な感じで暖簾をくぐって、ペロッと動物が触れたらいいのにとつくづく思う(ちゃんと手を洗って)。
すべての水族館を堪能した我々はなんとなく行き場を失ってふらふらしていた、時刻は13時30分、さっきギンザケの唐揚げを食べたのであまりお腹は減っていない。
ふと、「氷の国 アイスファンタジア」なる小屋が目に入る。
きっとまつ毛が凍ったり、バナナで釘が打てたり、映画「八甲田山」並みの寒さが味わえる施設に違いないと勘ぐる我々、さっそく400円払って入ってみることにした。
閑散とした平日である、お客はどうやら我々だけのようだった。
スタッフさんによると「この中のどこかにシロクマさんの忘れ物がありますのです、お一人様ひとつお持ち帰りください、その忘れ物の重さが本物の忘れ物と同じ重さなら景品が出ます」とのこと。
手渡された本物の忘れ物の重さを必死で覚える。
「本物の忘れ物ってどういうことなんだ?」という疑問は胸に留めて、さっそうと「氷の世界」に入場した。
…氷があった。
氷のブロックがなんとなく積まれている。
楽しげな半立体のシロクマが笑っていた。
寒さは…昔、研修で働いたスーパーの冷凍食品倉庫を思い出した。
つまり、そのくらいの寒さだった。さっきまで高かった我々のテンションが文字通り低下していくのを感じた。それでもウサギなぞは「このなかのどこかにシロクマ忘れ物があるはず!」と鼻をスンスンさせて平静を保っている。しかし、ためつすがめつ見渡してみてもあの茶色い巾着袋は転がっていなかった。
10歩ほど歩いたらそこはもう出口だった。
そして、折りたたみテーブルの上に大量のシロクマの忘れ物が放置されていた。
私はその中から記憶の重さと照らし合せながら一つの巾着袋を選び出した。
出口兼入り口のさっきのスタッフさんに袋を渡すと正解の忘れ物と私の持って来た忘れ物を天秤にかけた、我々の持って来た忘れ物は本物の忘れ物より一寸軽かったようだ。「ざんね~ん」と店員のお兄さんに言い放たれた。
そのあと、我々は「うみファーム」なる施設を訪れた。
「食育」ならぬ「海育」を推進することを目的としたこの場所では、どうやら自分で魚を釣ったりできるらしい。その証拠にこのコーナーの近辺ではスピーカーから「釣って取って食べる♫」とご陽気なメロディが絶え間なく流れていた。
なんだか、「漂流教室」の最後のほうに出てきた廃墟と化したテーマパークで流れてそうなアナウンスだ。しかし、せっかく入れるのだからここは一つ釣り堀体験に洒落込もうと思い入場した。
魚釣り代金620円、「こちらの釣り堀で釣ったお魚は必ず食べて頂きます」と係りのお兄さんに念を押される。
何かの本に書いてあった巨匠・宮崎駿氏が関係者に言い放ったある言葉を思い出す、たしか「なにがキャッチアンドリリースだ!釣ったら食え!」だったと思うが、まさにそんな感じのコーナーだった。
釣りはおろか、釣り堀なんて10年ぶりくらいの私は恐る恐る釣り針に小エビを突き刺すと、怖々と釣り糸を垂れた。
久しぶりの釣りである、内心ものすごく楽しい。
ほんとに釣れるだろうか…。
結果から言うと釣り針を水面に投げ入れてから5秒で釣れた。
私の心の準備など、この弱肉強食の「うみファーム」では待ってはくれないのだ。
静かに釣り糸を垂れて、雲の流れゆくのを眺めつつ魚がかかるまでゆっくりとした時間を過ごす…、といった私の持つ釣りに対するイメージを跡形もなく消し去った。
気持ちのいい海水から突然、人工的な青色のバケツの世界に放り込まれたギンザケはビチビチビチビチと飛び跳ね続けている。
その度にバケツがガタゴトと音を立てて揺れている。
私はなんとか釣り針を哀れな魚の口から取り外そうと試みるが、飛び跳ね続けるギンザケの生命力がそれを阻む。釣りに慣れていない私には大事なのだ。
ウサギの奴は二歩下がったところで「俺は草食だから…」と逃げを打っている、さっきロッテリアでチキンを美味そうに頬張っていたのはどこのどいつだ…。
私は思い切って、がっしとギンザケを押さえつけてなんとか釣り針を取り外した。
イルカショーを見ていたときは菩薩のような表情だった私が、今は「レヴェナント」で生魚を捕まえた時のレオナルド・ディカプリオのような修羅の表情をしていた。
釣ったら必ず食べることを考えると、もう一匹ぐらいしか釣れない…。しかし、それに反比例位して釣餌の小エビは大量に残っている…。
私は内心「頼む…そんなにすぐに釣れるなよ…」と思いながら再び釣り糸を垂れる。
10秒で釣れる。
「レヴェナント」の表情で釣り針を取り外す。
釣り体験終了。
釣り終わるとその魚を「からっとキッチンに持っていく、ギンザケの場合一匹300円で唐揚げにしてくれる。調理するのもまた別で金銭が必要になるのだ(塩焼きの場合600円、)「だったらいっそのことディカプリオのように生で…」と一瞬思ったが、隣の家族連れに引かれると思い自重した。
キッチンは全面ガラス張りとなっており魚の調理工程がすべて見えるようになっている。さっきまでピンピンしていたギンザケ二匹があっという間にホクホクの唐揚げになって登場するのだ。
係留されたボートの中で食する。淡白ではあるが極めて美味であった。修羅の顔になった甲斐があろうというものである。
つづく
ところで、私が水族館で地味に好きな生き物のひとつが世界最大の節足動物タカアシガニだ。薄暗い水槽にのっぺりと佇む巨大な蟹の群は、蟹というより異星に生息する未知の生物のようで、ものすごく怖い。
小さい子供が水槽のそばに立つと思わず「危ない!逃げるんだ!」と叫んでしまいそうになるような、緊張感。
どこか遠くの冷たくて静かで、光の届かない真っ暗な海の底に、こんな大きな生物が群をなして蠢いている様を想像すると、ぞわぞわとした感覚に襲われる。
タツノオトシゴの仲間クロウミウマは一見して海中に漂う錆びた鉄屑みたいに見えるのに、ちゃんと動くのが不思議だった。「生き物って不思議だなぁ」なんて思いながら、なんとなく振り返るとさっきのタカアシガニが立ち塞がっていて思わず悲鳴を上げそうになる。
上の階に上がってさっきのホッキョクグマのコーナーを覗くと岩場の影で眠るホッキョクグマを見ることができた。丁度下の階の人の死角にすっぽり収まっていたのだ。
その隣、カクレクマノミの水槽は「ファインディング・ニモ」の影響かやはり子供達に大人気だ。
一人の子供が「ママ、一匹死んでるよ」と母親に指差す、その先には確かに息絶えて力なく沈むカクレクマノミの姿があった。そう、ニモだってドリーだっていつか死ぬのだ、こんな風に。
そんな厳然たる自然の摂理を容赦なく子供に突きつける、シーパラダイスのもう一つの一面を見れて感激した。
アクアミュージアムをあとにした我々は続いてドルフィンファンタジーに赴く。「イルカたちが届ける夢と癒しの世界」だそうだ。
水槽の中を歩いているような気分になれる展示室は、そこに降り注ぐ陽光も相まって、まさに癒しの世界。イルカも良かったが、この海底にいるような気分になれるアトモスフィア自体が良かった。ウサギとしばらくぼーっとする、我々はさながら海底で揺れる昆布か何かだ。
「ああ、太陽を浴びてビタミンDが出来ちゃう」とウサギがブツブツ言っている、ウサギも太陽浴びるとビタミンDができるのだろうか。
ショーを見終えると、我々はさっそくアクアミュージアムを順路に従って見て回ることにした。
ふと、入り口に置かれた「八景島シーパラダイス うみおみくじ」のガチャガチャが気になった、イルカを見てテンションが上がっていた私はさっそくやってみることにした。100円。
ガチャポンのカプセルに入っていた紙にはこう書かれていた「今年のあなたはコビレゴンドウのような一年!コビレゴンドウの得意技は豪快なジャンプ。新しいことに挑戦すると飛躍すること間違い無し!」と。
いまいち納得できない自分を宥めつつ、自分という存在がコビレゴンドウであることをしっかり胸に抱いて、この一年を乗り越えようと決意を新たにする。
ゾーン1、入ってすぐのところにいたのはイワトビペンギン、しかも、何が楽しいのかひたすら自分のお腹をガラスにぐいぐい押し付け続けていた。
普段見ることのできないペンギンの毛並みをウサギと一緒にかぶりつきで凝視した。
魚類の鱗のような光沢があるのかと、妙に感心してしまった。ガラスをぐいぐい押しながら「俺はまだ行ける!もっと行ける!」と張り切っているみたいに見えて、可愛い。
思わず水槽に顔を擦り付けんばかりに凝視してしまった。
そのお隣のアラスカラッコは丁度食事の時間で、飼育員のお姉さんから手渡された剥き身の餌をパクついている。
野生なら硬い貝殻を割らなくては餌にありつけないが、ここはシーパラダイス、うみの楽園、そんな手間は掛けずに可愛いお姉さんからそのままで食べられる状態の餌をお腹いっぱいもらえるのだ。
水槽の下の方を見ると、食べ残しのゲソがたくさん落ちていた。「堕落した怠惰なラッコ野郎だな」とウサギが毒を吐いていたが、餌をもらったらいちいち回転する様は可愛らしかった。
ゾーン2「氷の海の人気者」に歩を進める、ホッキョクグマのコーナーには残念ながら何も居ないようだった、お休みしているのだろうか。
しかし、落胆したのも束の間、今回の水族館めぐりで私がもっとも感銘を受けた出会いが待ち受けていた。
それはセイウチ。薄く緑の靄のかかった水槽を二頭のセイウチが巨体をうねらせて泳ぐ様は圧巻。その非現実的な光景は何時間見ていても飽きないような気がした。
でっかい牙の生えた、でっかい生き物が音も立てずに泳いでいる。感激。
オスのセイタくんとメスのウチくんに出会えてほんとうに良かった。
つづく
新作短編アニメーション「鴨が好き」の仕上げ作業も残す所、約600枚になった2月の13日、私は心身ともに疲れ果てていた。
その疲労度は、行きつけの鍼灸院で担当に「キューライスさん、左の肩が盛り上がってますよ」と言われるレベル。
そう、私は癒しを必要としていた。
今年に入ってからはアニメーション制作の追い込みや仕事に追われて、ろくに映画館にすら行けていなかった。このままではいけない、自分の心になにかしらの栄養的なものを与えないと素敵なものを感じる器官が漬物のように萎びてしまうような気がする。
そう思い立った私は友人のウサギ(オス)に電話をかけて、横浜へ足を運んだ。
そして、横浜からさらに足を伸ばして八景島へ向かった。そう、かの有名な「八景島シーパラダイス」に行こうという算段なのである。
この有名すぎる観光スポットに私は一度も足を運んだことがなかった。
水族館は好きだ。というか、海が好きなのだ。海なし県の栃木で生まれ育った私にとって海が羨望の的なのだった。
ホームページには「恋と遊びの王国」と書いてあり、一瞬不安になった。「恋」には用がないからだ。
金沢八景駅を降りてすこし歩きシーサイドラインに乗り込む、海岸沿いを走るこの電車は眺めも良く、雲ひとつない青空の下でキラキラと輝く水平線が目に入っただけで心が解れていく。
眼下には神社だろうか、ロールプレイングゲームなら銀の鍵がかかった宝箱が置いてありそうな出島が目に入った。なんだか気になる。
八景島駅に舞い降りると、そこはもうすでにシーパラダイス感満載、階段の壁面はカラフルな色彩で海の仲間たちが描かれていて、こちらのテンションをぐいぐい押し上げていく。
そうなってくると私たちの歩調も自ずと早歩きとなるもの、私とウサギは息を弾ませて金沢八景大橋を渡る、ふと目を移すと雪化粧した富士山がくっきりと見えた、海のみならず日本一の山までも見ることができようとは。
時刻は11時、すわ、入園と武張ったところでウサギのやつが「腹が減った」と言いだした。考えてみれば私も朝にネイチャーメイドを2錠とビオフェルミンを飲んだきりでなにも口に入れていなかった。
丁度いいことにシーサイドオアシスなるフードコートが目の前にあった。我々はそこに飛び込むと、ロッテリアのカウンターに押しかけた。
ロッテリアのエビバーガーはいつどこで食べても美味いのだ。ふと目に入った八景島BOXセットなるものを注文する。エビバーガーにフレンチフライポテトやチキンやドリンクが付いたご機嫌なセットだ(どこらへんが八景島なのかは別として)。
腹を満たした我々はさっそうとアクアミュージアムに入館、四つの水族館が楽しめるという「アクアリゾーツパス」(3000円)を購入した。
中に入ると「海の動物たちのショー jump jump jump」が開催されていたので、我々は急いで4Fのアクアスタジアムに向かった。
二頭の美しいシロイルカによるショーを見ていたら、なぜか涙が出てきた。涙は出るが表情はまるで生まれたての赤ちゃんを見てるような和やかな顔なのである。31歳にしてイルカを見て泣くとは思いもしなかった。
一生懸命バブルリングを噴射するシロイルカを見ていると、「ああ、俺も頑張らないと…」といった前向きな気持ちになれた。一方、ウサギの奴は「頭突きが強そう」とどうしようもない感想を漏らしていた。
つづく
こんにちは、LINEの友達は二人だけで、その内ひとりは母親のキューライスです。
本日より発売の『「めんどくさい」がなくなる脳』という書籍の表紙や挿絵を描かせていただきました。
お手にとって頂けたら幸いです。
これさえ読めばあなたもひとりで短編アニメを作るような絶望的にめんどくさい作業ができるようになるかも!