1962年公開、名匠・小津安二郎監督の遺作。

 

小津作品の力の抜け具合が好きだ。

肩に力を入れず、ぼんやりと観て、じんわりと感じる。

黒澤明監督は「七人の侍」について「ステーキの上に鰻の蒲焼を乗せ、カレーをぶち込んだような、もう勘弁、腹一杯という映画を作ろうと思い製作した」と言っていたが、小津作品はそれの正反対の映画のように思う。湯漬けと沢庵のそれだ。

 

あらすじはといえばいつものように「妻を亡くした男(笠智衆)が娘を嫁に出す」といったものだがそこに細々としたエピソードが盛り込まれていく、娘を嫁に出しそびれてしまった母校の恩師の凋落ぶり、高級ゴルフクラブを買う買わないの息子夫婦の押し問答、海軍時代の部下との邂逅…。

113分間なにか大きな事件が起きるわけでもなく、殺陣もなければ、爆発も暴力ない。でも、なぜか目が離せない。

 

人との何気ない出会いや、やりとりの中で何かを感じ取り、それに影響を受けて何かを選択していく。人間の営みの何気ない機微をすくい取る小津監督の手腕の冴えを感じる傑作だ。

 

とくに印象的だったのが、駆逐艦「朝風」の艦長だった過去を持つ主人公が海軍時代の部下(加東大介)と偶然出会い、ふたりしてバーで呑むシーン。

すっかり気持ち良くなった加東大介はバーのおかみ(岸田今日子)に軍艦マーチを流させ、店内を敬礼しながらゆっくり行進する。

真似して敬礼するおかみの手の角度を「こうじゃない、こう!」と注意しつつ延々行進する加東。それを笑顔で敬礼しながら眺める笠智衆…。

現代の私たちには理解しがたいことだが、人生で一番輝かしい紅顔の期間を軍隊で過ごした人にとって、辛い時代、辛い戦争ではあってもそれが青春だったのだと思うと感慨深い。

f:id:q-rais:20160522122030j:plain

また、映画のクライマックス、娘を嫁に送り出し、ひとり居間に佇む笠智衆の口からこぼれ落ちるメロディはやはり軍艦マーチ。気力体力に満ち満ちて、太平洋の荒波を掻き分けた往年の自分を思い出していたのだろうか。それにしても私はこんなにも優しい、暖かい軍艦マーチを聴いたことがない。

f:id:q-rais:20160522122046j:plain